映画『黄金のアデーレ 名画の帰還』~マリアとドイツ語

 

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 私はナチストではないし、ファシストでもない。権威主義者ではないし、全体主義者ではない。それでありながら、ナチスホロコーストの歴史については、ある意味で達観したような立場を取ってきた。

ナチスを生んだのはドイツの民主主義であるから、これは民主主義の間違いかもしれないけれど、それは否定できない。ユダヤ人が大勢殺されたかもしれないけれど、世界史を見れば人が殺されるのは珍しいことではないから、やはり当然だ、という立場である。

ついでに言えば、ドイツ的な史観には「ユダヤが暴走して色々やらかしてしまいました」というある種の他人事感を覚えてしまうことがあって、いわゆる日本と比較されるドイツの戦後処理を肯定するつもりにはなれない。

今回はある意味で、その戦後処理に関わる。あらすじについては他のサイトを参照していただきたい。

マリアとドイツ語

主人公のマリア・アルトマンであるが、彼女はユダヤ人であり、オーストリアからアメリカに移住してきた。オーストリアナチス支配については詳しくないが、作中では、オーストリア人がナチスを歓迎し、ユダヤ人を密告する姿も描かれる。オーストリアではドイツ語が話されており、マリア自身もかつてはドイツ語を話していた。

このマリアは、叔母を描いたという名画「黄金のアデーレ」を取り戻そうと行動する。というのも、この名画は当初はマリアの家にあったものであり、それをナチスが接収したからである。これを取り戻す過程には様々あったわけだが、今回は言語に注目したい。

アメリカへ命からがら脱出したマリアは、そこでアメリカ英語を練習する。夫とそのアクセントを指摘しあいながら。

さらに後でも回顧されるが、マリアは最後に両親の元を離れる際、英語で会話する。

And so, from now on, you speak in the language of your future.

これは父がマリアに最後の言葉を遺すときのセリフである。「だから──お前が未来を預ける国の言葉で話そう」と字幕では訳されている。間違いではないが、このセリフの情緒、のようなものは削がれているかもしれない。(だからといって妥当な和訳は思いつかない)

マリアはアメリカへ行く。国境と言語圏は──日本では意識しづらいが──一致するとは限らない。多くの国が同じ言葉を話すこともあれば、1つの国の中で多くの言語が用いられている様子も珍しくない。その中にあって、彼らにとって「英語」とは、具体的な新生活でも、アメリカンドリームでもない、もっと抽象的なものを象徴しているのではないだろうか。

英語というのは、マリアにとって、マリアの両親にとって、「悲しい」と修飾するより他にない「希望」を象徴する言葉であると同時に、マリア自身にとっては、その後生きた国の言葉であった。反対にドイツ語に対しては、ある程度の苦手意識を抱いているようである。

ウィーン生まれであることを知ったホテルのクラークは「ドイツ語を?」と尋ねる。(これはドイツ語であるので残念ながらディクテーションが出来ない)それに対するマリアの返事は以下の通りである。

Yes, but I choosed speaking English.

字幕では「でも英語で話します」と訳されているが、これは個人的には誤訳の域ではないかと思う。直訳すれば、「はい、でも私は英語で話すことを選びました」となる。大切なのは、マリアが英語を「選んだ」という事実である。彼女はドイツ語が話せるのにも関わらず、英語を「選んだ」。それはなぜか。彼女にとって、ドイツ語という言語が、かつてのナチスの残虐な行いを想起させるから、否、彼女自身が両親を置き去りにしたという後ろめたさと共に「失われてしまったもの」を想起させるからである。

「失われてしまったもの」が何か。それは単にアデーレを描いた名画ではないだろう。もっと大切な、命であり、思い出であり、言語であり、未来だったはずなのだ。

彼女が次にドイツ語を話すのは、その絵画を取り戻した後、かつて家のあった場所を訪ねたとき。字幕では、「ここを知ってるの 拝見しても?」と書かれている。ドイツ語が分からないために、これがどの程度正確な訳か分かりかねるのが残念なところである。しかしわかるのは、彼女がドイツ語を話したのは、少なくとも彼女が名画を取り戻した後であり、それでも大きなものを失っていることに気がついた後であったということだ。

マリアはオーストリアに足を運びたがらない。それは過去に大きなトラウマがあるからだが、そのことは、マリアの言語認識によっても明らかなのだ。